しつけと体罰と虐待の違いは?どこから?体罰禁止法に賛否両論の声

子育てパパ
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ナベトモ
ナベトモ

こんにちは。子育て主夫中のナベトモ(@nabetomo13)です。

子育て中の身としてはしつけ、体罰、虐待はさけては通れないテーマであります。

最近、話題となっている厚労省出の体罰禁止法指針案ですが、

これは子育て中の親なら誰しもいずれかに当てはまっている項目があるものではないでしょうか?

この法案が成立されたら私も法で罰せられてしまうのでしょうか。そんな不安がよぎります。

そもそも体罰はしつけなのでしょうか?虐待なのでしょうか?

定義がいまいちわからないので違いを調べてみました。

この記事のポイント
☆しつけ、体罰、虐待の定義について考える
☆体罰禁止法の賛否両論の声を紹介

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しつけの定義

まず、「しつけ」の定義ですが、

辞書「子供などに礼儀作法を教えて身につけさせること。また、身についた礼儀作法。」

厚労省「 子どもの人格や才能等を伸ばし、社会において自律した生活を送れるようにすること等の目的から、子どもをサポートして社会性を育む行為」

Wikipedia「人間社会・集団の規範、起立や礼儀作法など習慣に合った立ち振る舞いができるように訓練すること」

上記の定義を総括すると「社会のマナーを覚えるための教育」ととらえることができます。

また、小児科医の松田道雄(1908-1998)の『巨視的しつけ法』によると

「しつけは母親が家庭のなかでこまごまとやる手内職でない、しつけは生活態度の伝承であり人はいかに生きるかを、子どもに見習わせること」

と訴えています。ここまでくるともう哲学です。しかし、一番しっくりきます。

しつけとは子どもがどう生きるべきかを決める重要な教育ということになります。親も道徳をわきまえておくことの重要さが分かりますね。

体罰の定義

次に体罰の定義について調べてみると

辞書「肉体的苦痛を与えることによって教育上の目的を達成しようとする方法 」

厚労省「身体に何らかの苦痛または不快感を引き起こす行為」

Wikipedia「私的に罰を科す目的で行われる身体への暴力行為」

Wikipediaではもはや暴力行為と断言しているように、明治時代にはすでに学校においては体罰は禁止されている法案がありました。

にもかかわらず、近代の教育現場では体罰が蔓延していることが問題となりました。教育上の目的を達成するためとはいえ、岐阜県の商業高校の件のように行き過ぎた体罰により逮捕される教師が後をたちません。

インターネットが普及してからは体罰に批判的な意見が多くなり教育現場では逆に教師が肩身の狭い思いを強いられるようになってきています。

虐待の定義

次に虐待の定義について調べてみます。

辞書「むごい扱いをすること。」

厚労省「 殴る、蹴る、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束するなど 」

Wikipedia「 繰り返しあるいは習慣的に、暴力をふるったり、冷酷・冷淡な接し方をすること 」

虐待には種類があり、身体的虐待心理的虐待性的虐待経済的虐待ネグレクトの5つがあります。これらは一方的に暴力を振るう行為であり、当然法的にも罰せられる対象です。

しつけ、体罰、虐待の違いは?

それぞれの定義からまとめると、しつけは教育を目的としているが、体罰・虐待は私的な目的を達成するために暴力行為を働くことと解釈できます。

東京都目黒区の船戸結愛ちゃん(当時5歳)や千葉県野田市の栗原心愛ちゃん(当時10歳)が「しつけの一貫」という名目で虐待され亡くなった事件を考慮すると、今回の 厚労省の体罰禁止法指針は設定せざるをえない判断ともいえます。

例えば、「何度注意しても聞かないので頬をたたく」は育児をしている母親なら一度はあるかもしれません。しかし、普通たたくといっても傷ができるほどたたいたりしません。

しかし、児童虐待事件を起こす親はしつけと称して脳震盪をおこすまでたたき続けるかもしれません。

程度の差はありますが、厚労省としてはやはりたたく行為は教育上推奨できるものではありません。

体罰禁止法に対するネットの声は?

賛否両論ありますが、いくつかネットの声を集めてみました

体罰禁止法に対するネットの声

調べてみると体罰禁止法には反対派が多い印象です。

筆者の個人的感想

もし体罰禁止法が決まったら、よいこ番組と化したクレヨンしんちゃんにげんこつシーンがなくなってしまうのではないかと、私はくだらない心配をしていました。

ただ、私も仕事上法律に遵守しつつ法律をいやらしく利用して収入を得ていることもあるためなんとなくわかるのですが、法律というのは体罰する人を罰するためだけに制定されるのではなく、虐待を抑制する機関が動きやすくするために作られるパス(小道)のようなものだとも思っています。

児相の人とて暇ではないので、愛情をもって育てていることが分かれば軽い体罰など相手にしません。「しつけ」と称して行き過ぎた体罰をしている人に対して言い訳をさせずに適性に対処するための法律だと私も思っています。

ただし、悪いことをしたら法律で罰せられるように、法律で罰せられない子どもが悪いことをしたら、親が罰するしかない、とも思っています。

問題は罰し方だと思います。同じ身体的苦痛でも叩くのと、掃除やお手伝いをさせるのとでは効果や結果に大きな違いが出ると思います。

以上、ナベトモでした。
豆腐メンタルなので批判・反論は受け付けませんが異論は認める。

したらな!

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